日本人にとっての英語を学ぶ意義
私たち日本人は英語と今度どのように関わっていくべきでしょうか。今のところ受験英語だけを目指してきたその先に、ほとんど英語の必要性を感じていません。
2020年東京オリンピックで一時的に英語の必要性が高まっています。しかし日本全体で英語が必要というよりは、ビジネスで外国人観光客と関わる可能性が高い業界だけが、必要に迫れているに過ぎません。それ以外の人たちにとっては、そう言ったインバウンド需要による英語の必要性よりも、英語の習得コストによる影響を大きく受ける感じでしょう。
オンライン英会話スクールのおかげで大幅に下がり、英語でスキルの差別化を図ろうとする人が増えた結果、「みんなが英語をやり出したから私もやらなきゃ」と言うモチベーションで英語学習を始める人の方が一般的なのかも知れません。
それでも、他の人ができないことをできるようになる「特技」を身に付けることに悪いことは一つもありません。それどころか、この先のあらゆる可能性を広げてくれるのが言語習得の素晴らしさです。
インターネットがあれば国境を越えることはいとも簡単な時代ですから、その可能性たるや、想像以上のものがあると私は確信しています。
英語学習は終わりなき道を上るが如し
ただ英語は言語である以上、学習に終わりはありません。「学習」というと大変そうに聞こえますが、生きていく上での必要なスキルは、いつでも最高の結果を出せるように磨きをかけていかなければなりません。
私たちが絶えず日本語でも新しい表現や流行の言い回しを覚えていくのも学習の一つで、場合によってはプレゼンテーションなどに向けてブラッシュアップする必要もあります。英語もまた然り、なのです。
英語学習は、たとえるなら山登りのようです。最初はまだまだ体力も残っていて、モチベーションも高く楽しくやれるでしょう。しかし、そう簡単に上達しない時にはなかなか先が見えず、どこまでその状態が続くのかわからなくなることもあるでしょう。
先の見えない、わからない登り道を進むだけの毎日。これはなかなかシンドイです。もしかしたら道を間違えたかも知れず、後戻りすることもあるでしょう。途中、山登りのコツや地図を見つけた人は確実に英語習得という頂上に近づくことができるでしょうが、見つけられない状況ではとにかく手探りで上に登るしかありません。
そしてやっと着いたと思ったその頂上は、実は単なる通過点だったりします。まだその先に道があることをその時点で知ることになるのです。ただそれは学習による成長の証であり、ある程度のノウハウを体得してる状態です。その先の道のりは余裕を持って景色をみたり、もっと楽しく進むことができます。登り始めと比べるとかなり楽に、そして着実に上がっていくことができるようになっています。
あとはもう、一歩一歩前に進むのみです。そうすれば、着実に“真の頂上”に近づくことができるでしょう。
私は頂上だと思った場所は通過し、その先に新しく見えた道を上っているところです。まだ真の頂上にたどり着いていません。しかし、これからの道のりはもっと楽しいことが待っている期待感がたっぷりで、先に進む意欲と体力はまだまだ十分残っています。だからこそ前に進むことができ、いつかは真の頂上に到着できる自信があります。
それがいつになるのかはわかりません。しかし止めてしまっては、せっかく今まで来た長い道のりを無駄にしてしまうことになります。言語は使わなければどんどん衰退してしまうスキルだからです。止まるという選択肢はありません。とにかく進むことだけ考えています。
英語習得そのものは目的ではない
しかし英語は習得することだけが目的ではありません。もっとグローバルに働くためだったり、自分の視野を広げるためだったり、人生をより有意義にするためのツールです。いきなりスキルを習得することはできなくても、だんだんと上達するに連れて自分のできる範囲が広がり、そのプロセスに楽しいことがたくさんあります。
山登りの途中は草花や眺めのいい景色を見たり、過程を楽しむことができるのです。そしてそれが人間としての成長に繋がっていきます。
ただ英語の習得だけを目指してしまうと、そのプロセスを楽しんだり、何のために英語を学習しているのかをつい忘れがちです。英語を話せるようになっただけでは、偉くなったわけでも、人生が良くなったわけでもありません。
英語習得によって手に入れたのは、その先にある大きな可能性です。人生をより充実させるには、英語習得がとても大きな武器となります。その目的達成のために、私たちは英語習得という目標に向けて大きな努力を続けられるのです。
大いなる目的達成のために、その過程をずっと楽しんでいくことこそ、英語学習の醍醐味なのです。そしてその手段として、毎日の英会話、すなわちオンライン英会話が大きな助けとなり、夢の実現の近道になり得るのです。